介護のお役立ちコラム
ベッドから車椅子への移乗など、身体介助には大きな負担が付きまといます。日に日に負荷が蓄積され、いざ介護者が腰痛にでもなれば共倒れになってしまいます。こういった現状を防ぐため、福祉器具・用具の活用が推奨されていますが、果たしてどこまで浸透しているのでしょうか?
今回は、世界基準ではすでに一般的となっている、機械などを利用した「ノーリフティングケア」の今後の展望や、その背景にある腰痛問題などについて触れていきます。
介助する側とされる側、両者にとってやさしい介護を目指す
「ノーリフティング」とは"持ち上げない"(No Rifting)という意味で、1998年にオーストラリア看護連盟によって、この概念や手法は医療の現場へと導入されることになりました。
当時のオーストラリアでは、看護師の人員不足によって病院で働く看護師の体に大きな負担が生じるようになり、腰痛などに耐えかねた看護師たちの離職の多さが問題となっていました。そこで同看護連盟は、「押す」「引く」「持ち上げる」「運ぶ」「ねじる」の5つの動作を、過度の負担が生じる状態では絶対におこなわないとする「ノーリフティングポリシー」を声明しました。
やがてこのポリシーは介護の現場にも導入されることになります。具体的には、従来人の手を介しておこなわれていた移動や移乗を、電動リフトなどの福祉器具を用いておこなうものです。機械を使った介助は正しい使い方さえ覚えれば人力よりもはるかに安全に遂行できます。同時に、介助者の肉体的負担が減ることによって、ケガや肉体的疲労による離職も大きく減らすことができるのです。
介護職員の天敵である腰痛問題
介護保健施設や老人ホームなどで働く介護職員の離職理由は、人間関係の悪化、理念の不一致、給与への不満などが上位を占めますが、その裏で体を壊して辞めていく人も大勢います。中でも腰痛はもっとも深刻な問題です。
1日に複数の入居者の身体介助をおこなうため、不安定な体勢が長時間続きます。加えて、女性が多い職場であることから、男性と比較して体が小さく腕力の弱い女性がやることでその負担も大きくなります。腰痛防止のために何らかの施策を試みている施設もありますが、現場での仕事は介護士個人の力量や判断任せの部分が大きく、「少しくらいの無理は大丈夫」という考えで日々の仕事に取り込んだ結果、その負担がある日突然、火を噴くことも大いに考えられます。
介護職員4,800人を対象にアンケートを取ったところ、回答者の78%が「腰痛を経験したことがある」と答えました。まさに"職業病"とも言える腰痛ですが、何らかの痛みを我慢しつつ現場で働く介護士が大半を占めていると考えてもよいでしょう。
加えて、職場内の人間関係や入居者から受けるメンタル的なストレスも腰痛に悪影響を与えています。仮に勤務中にギックリ腰などに見舞われても、労災が認められない傾向にあるのも現実です。積もりに積もった、介護という仕事への絶望感も離職の多さに拍車をかけているのです。
介護における日本と欧米との価値観の違い
現在、欧米諸国では器具を積極導入したノーリフティングケアが一般的になっています。介護職員の負担軽減ばかりか、被介護者の変形拘縮も減少するなどプラスアルファの成果も表れています。
結果主義とも言える欧米に対して、日本は「人の手でなければ心が伝わらない」という概念が強く、簡単に機械に頼ることを敬遠する考えがあります。日本は海外と比較して帝王切開による出産が少ないですが、これは「お腹を痛めて産む」ことを美徳とする日本人の気質の表れであり、何事も痛みを我慢しようとする国民性があるからなのです。
日本の介護施設を見学した外国人が、力ずくで人力介助をする現場を見て「虐待されている」と疑ったこともあるようです。実際、人間は誰かに身を寄せられると無意識にわが身を守ろうと身構えてしまう本能がありますし、人によっては生理的に不愉快と感じることもありますが、これらは"人の手を介す"ことのデメリットと言えるかもしれません。
文化や国民性の違いはそう簡単に払拭できるものではありませんが、どこかで割り切って、器具の利用を第一に考えるパラダイムシフトが必要な時期に来ているのではないでしょうか。
ノーリフティングケアの今後の課題
ノーリフティングケアを導入するには電動リフトが欠かせないものですが、これら機器の購入には多大な費用がかかり、大人数が入居する施設では維持・管理費も膨れ上がります。また、現場で働く一人ひとりに正しい操作方法を周知させるのも、実に苦労がともないます。正しい使い方が守られなければ重大な事故につながり、裁判にでもなれば入居者はもちろん、メーカーや機器のリース元も含めた信頼関係も崩壊することでしょう。
こういったインフラ面での課題解決には、やはり自治体からの経済的な支援が必要となるでしょう。現在、青森県、高知県、大分県などをはじめとする自治体はノーリフティングケアに積極的に取り組んでおり、勉強会や研修なども開催しています。また、大がかりな機械でなくとも、ベッドから車いすへの移乗がスムーズにできるスライディングボードなど、比較的手軽に導入できる物もあります。腰痛による離職を削減するために、施設側としては一刻も早くノーリフティングケアの導入を検討する必要があります。
ノーリフティングケアの取り組みに対する評価システムも検討
厚生労働省は2021年4月の介護報酬改定で、ノーリフティングケアに取り組む事業所を評価する検討に入りました。既存の点数加算の仕組みを活用し、報酬上のインセンティブを新たに設ける評価システムを作り、各施設に還元しようとする動きです。
介護職員の定着は国を挙げた喫緊の課題とも言えます。新たな評価システムの登場が、現場で働く職員のための福音になればと願うばかりです。
終わりに
福祉器具・用具を頼りとしたノーリフティングケアですが、ケアの根本にあるのは、やはり人が人を思いやる気持ちです。日ごろの配慮や気遣いがあれば、たとえ機械を介したところで、その人への思いやりが失われることはありません。
福祉器具は日々進歩を遂げています。これらをうまく活用しながら、思いやりの気持ちを忘れない温かみのあるケアを続けてください。
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