介護のお役立ちコラム
認知症高齢者には、中核症状としてもの忘れ・記憶障害・見当識障害などのほか、行動・心理症状として妄想・幻覚・徘徊などのさまざまな症状が見られます。そのなかで、日常のあらゆる事象や自分自身に対してやる気や関心が失われていく、いわゆる"無気力"に陥るケースもあります。"意欲低下"も同義です。
このような状態は「アパシー(apathy)」と呼ばれます。暴力や徘徊などとは異なり、はっきりと目に見えて現れるものではありません。そのため、周囲の人たちも症状の進行に気づくのが遅れてしまいがちです。
今回は、認知症の方のアパシーについて、その概要とうつ病との違いなどについて説明します。
【監修者】矢島 隆二 医師
脳神経内科・認知症・総合内科などを専門としている。新潟大学医学部卒業後、地域中核病院や大学病院などでの高度急性期医療から地域の総合病院まで幅広く臨床経験を積み重ね、新潟大学附属脳研究所で認知症の研究も行い、医学博士も取得している。
現在は認知症や神経難病を中心に、リハビリテーションにも重点をおいた神経内科を主体とした医療を担っている。
神経難病やアルツハイマー病などの治験も行っているほか、講演や執筆の依頼も積極的に受けている。
アパシーとは、無気力・無関心になってしまうこと
アパシーは、もともと社会学で用いられていた概念で、世の中で起こる事象に対する無関心を表す言葉でした。心理学でも用いられ、周囲の事象に対してだけでなく、自分自身の身の回りのことでさえ、無気力・無関心になってしまう状態を指す言葉として使われるようになりました。
高齢者にアパシーが見られる場合、これまで実践されてきた生活習慣が乱れ、健康面や衛生面であらゆる無精が目立つように変わります。たとえば、今まで散歩など外出を習慣にしていた人が急に引きこもりがちになったり、入浴や歯みがき、着替えなどをなかなか行わなくなったりします。
特に一人暮らしや夫婦ともに高齢者の世帯の場合、周りの目が行き届きにくいものです。久々に自宅を訪れてみたら、脱いだ洋服や下着が散乱していたり、部屋中ホコリまみれだったりという場合は、アパシーの症状が出ている可能性が高いと言えるでしょう。
うつ病とアパシーの違いとは?
何事に対しても無気力になるアパシーは、しばしばうつ病と混同されます。しかしうつ病とはいくつか異なる点があります。以下で、うつ病とアパシーの特徴的な違いを見てみましょう。
気分
うつでは、常に、気持ちが暗く沈みがちになります。
アパシーは、意欲的になることもなければ、気分が落ち込むようなこともありません。何事にも特に関心を示さない、極めてフラットな状態なのです。
症状への自覚
うつ病の方の多くは、自分がうつ状態であることを認識しています。同時に、周囲に相談したり病院へ行ったりと、自ら症状の改善を求めて活動します。しかしなかなか改善がはかれない場合、自分の無力さに焦りや苛立ちなど自責の念を覚えるようになり、うつがより悪化するという負のスパイラルに陥りがちになります。
アパシーは症状への自覚意識の乏しさが顕著で、病院へ行くなど、自ら症状を改善するために努力するような行動は見られません。
危険行為の有無
重度のうつ病の場合、自傷行為に走るケースが見られます。また、ほかの精神疾患や発達障害(アスペルガー症候群など)では、本人の思いどおりにならない苛立ちから暴力行為が見られることもあります。
アパシーの場合は、自傷行為に走る可能性は極めて少なく、他者に対して暴力的になることも通常ありません。
薬による治療
うつ病には、抗うつ剤が有効とされ、実際多くのうつ病患者に抗うつ剤が処方されています。
アパシーについては、なかなか薬物治療で改善を得られにくいこともありますが、コリン分解酵素阻害薬を使用されることはあります。いわゆる抗うつ薬を用いても、十分な効果は得られないことが多いです。非薬物療法として、カウンセリングや介護サービスを用いたリハビリテーションなど、多職種によるアプローチで孤立しないような対応が大事です。
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家族がアパシーになったら?規則正しい生活を促す
同居している高齢者にアパシーの症状が見られる場合、家族はどうすればよいのでしょうか?まずは家族の働きかけによって意欲を促進させ、症状の緩和を試みることが第一です。
そのために、まずは規則正しい起床、就寝、食事の時間を決めることです。決まった時間に声をかけ、自発的に体を動かすことを促しましょう。 着替えやトイレも自力でおこなえる場合は、できるだけ手を貸さずに見届けましょう。
通所介護などで定期的に外出する高齢者に対しても、送迎車に乗る直前まで付き添い、本人のモチベーションが下がらないよう、極力声をかけてあげることも重要です。かかりつけ医に相談しながら、適した声かけをおこなっていきましょう。
介護疲れや介護からの解放によって家族がアパシーになることも
また、アパシーが見られるのは、認知症の高齢者にかぎった話ではありません。介護に携わる家族がアパシーになってしまうこともあるのです。 毎日のように一生懸命介護にあたっていても、一向に症状が緩和されない、または自分を受け入れてくれないといったストレスが溜まってくると、「何のために頑張っているんだろう?」という一種の虚無感を覚えるようになるためです。
あるいは、長年介護していた高齢者が亡くなったあと、家族を失ったことによる喪失感と溜まった介護疲れが一気に降りかかり、アパシーに陥ることもあります。
介護する家族にアパシーが見られるようでは、同居する高齢者の健康面や安全面にも大きく影響してしまいます。少しでも疲れやストレスを感じるようなら、趣味の時間を作ることや、スポーツやジョギングなどの運動などストレス軽減に努めることが重要です。また介護サービスを上手に使うことで、介護者自身がご自分のための時間を作っていくこともよいでしょう。
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1人の時間を作ってあげることも重要
高齢者と一緒に散歩や旅行をしたり、やさしい声かけをたくさん行うことは、高齢者にとってよい気分転換になります。しかし、本人の気分や体調をしっかり踏まえて実践しなければ、逆に大きな負担をかけてしまうことにもなります。
規則や規律の正しい生活習慣を課すばかりでなく、高齢者としっかりコミュニケーションを図ったうえで、本人が大切にしている自分だけの時間を引き続き提供してあげることも重要です。そうして高齢者が穏やかな心もちでいてくれれば、介護する家族もまた精神の安定を保てるのです。
参考文献
・『こころが軽くなる 認知症ケアのストレス対処法』松本一生著 中央法規出版
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