介護のお役立ちコラム
認知症と言っても、原因によって種類や症状は様々です。この記事では、認知症の種類別の原因・症状から、中核症状・周辺症状の症例別対処法をまとめました。家族や自分自身で、「認知症」について少しでも心当たりのある方は、ご参考にしてください。
認知症の種類と割合について
まずは認知症の種類について見てみましょう。脳細胞にタンパク質などの物質が付着し、脳内の神経細胞の減少とともに見られる「アルツハイマー型」や「レビー小体型」。脳梗塞や脳出血によって脳内に血栓ができ、神経細胞の一部が壊死することによって起こる「脳血管性型」に大別できます。
"アルツハイマー"という言葉は皆さんにもなじみのある言葉だとは思いますが、現在、国内の認知症患者のうち全体の約67.6%がアルツハイマー型認知症に該当します。患者数は100万人ほどと見られていて、65歳以上の10人に1人が発症している計算になります。
また脳の前頭葉と側頭葉の細胞に委縮が起こる「前頭側頭型変性症」もアルツハイマー患者と同じような症状が見られ、65歳以下の若年層に多く発症することから「若年性認知症」とも呼ばれています。こちらは年齢が若いだけに病状の進行も速いので早期の治療は必須です。
アルツハイマー型に次いで多いのが脳血管性型認知症です。こちらは病気や事故などの外的要因の後遺症として発症するケースが多いのが特徴です。しかし、脳梗塞や脳出血といった病気は、不規則な生活習慣や日ごろのストレスが原因で発症するケースも多く、生活習慣病の改善が叫ばれる現代において、これから患者数が増えていく可能性も否定できません。
3番目に多いレビー小体型については、身体の硬直や歩行困難といったパーキンソン病的な症状が現れるのが特徴で、アルツハイマー型と比較して幻視・幻聴が起こりやすいと報告されています。こちらもアルツハイマー型と同様、年々患者数が増えています。
覚えておきたい4大認知症
以上の中から、患者数も多く認知症の病因がはっきりしている「アルツハイマー型」「レビー小体型」「脳血管性型」「前頭側頭型」は4大認知症と呼ばれています。各認知症とも、現れる症状や治療法の内容も変わってきます。性差や発症する年齢にも違いがあります。以下に各認知症の特徴・概要をまとめてみました。
目次 |
アルツハイマー型認知症について
原因
アルツハイマー型認知症の原因は、特殊なタンパク質のかたまりが増え、脳の正常な神経細胞が年単位でゆっくりと減少していく「神経変性」です。 このタンパク質のかたまりは加齢によって増えますが、糖尿病や高血圧などの生活習慣病、体をぶつけ合うコンタクトスポーツなどによる頭部外傷がリスクとなり、さらに増加します。そのため「第3の生活習慣病」と言われることもあります。
またアルツハイマー型認知症の過半数が、遺伝が強く関係しない孤発性です。ダウン症候群の人ではアルツハイマー型同様の認知機能低下を来たしやすい、アポE4(アポリポタンパクEのε4型)という遺伝子を持つ人は発症頻度が高いなど遺伝が関連するケースもあります。しかし、根本的に予防・治療をおこなうのが現状では困難である以上、倫理的観点からその遺伝子診断には慎重さが求められています。
症状
アルツハイマー型認知症の症状は、記憶障害から始まります。
記憶には、即時記憶(思い出すまでに他の情報による干渉が入らない条件での記憶。今聞いたことのオウム返しができるかどうか)、近時記憶(新しく記銘し、一旦脳の中に持った上で思い出す記憶。昨日の夕飯が何であったか、前の前に話していた話題の内容が何か、など)、遠隔記憶(すでに脳の中に蓄えられていて、必要に応じて思い出すだけで良い過去の記憶。出身小学校がどこか、など)の3種類があります。
そのうち近時記憶が最も顕著に、また初期からアルツハイマー型認知症により阻害されます。 初期はその近時記憶の障害によって物忘れをするようになり、人によってはその記憶の欠損をごまかすために作り話をする「取り繕い反応」をします。緩やかに症状は進行し、近時記憶障害のほかにも見当識障害や実行機能障害が起こり、物盗られ妄想も発現します。進行するにつれて、遠隔記憶障害や徘徊なども現れます。 発症から2~8年で約半数が寝たきりとなり、平均8~10年ほどで死に至る場合が多いです。
治療
アアルツハイマー型認知症に限りませんが、認知症の進行を遅らせるためには4種類の薬剤が利用されます。神経伝達物質の量を調整するコリンエステラーゼ阻害薬が3種類(「ドネペジル」、「ガランタミン」、「リバスチグミン」)と、NMDA受容体拮抗薬の「メマンチン」です。 これらの薬は脳の神経細胞が減っていく「神経変性」を止めたり、減った神経細胞を増やすものではありませんが、神経細胞が減っていく中でも症状の悪化を遅らせる効果があります。
それぞれの薬に強み、弱みがあり病気の進行度や主な症状によっても選択、使い分けが必要ですので専門医の診察を受けて処方を受けるのが良いでしょう。
レビー小体型認知症について
原因
レビー小体型認知症は、70代以降に見られることが多い認知症で、脳の様々な部位に、タンパク質のかたまりであるレビー小体ができることで発症します。遺伝子が関わるケースもありますが、そのほとんどが孤発性です。
またレビー小体はその蓄積する脳の中の部位によってレビー小体型認知症を発症したり、転びやすさや手の震え、動きの緩慢さ、筋肉の固さなどが特徴のパーキンソン病を発症したりします。レビー小体型認知症、パーキンソン病ともにα-シヌクレインというタンパク質が関わっていることが知られており、レビー小体型認知症の患者さんがパーキンソン病のような症状を合併するケースやその逆のケースも多く見られます。また多くのレビー小体型認知症の患者さんで、アルツハイマー型認知症に見られる脳の変化を合併していることも知られています。
症状
レビー小体型認知症の最も特徴的な症状は、「ないものが見える」、あるいは「影や衣服がほかの物や人に見える」といった幻視です。幻視に伴った妄想を発症するケースもあります。また、先述したパーキンソン病のような症状も現れます。記憶障害はアルツハイマー型と比べて軽い傾向にあります。 その他にも、意識のレベルが著しく変化したり、睡眠中に夢を見て声を出す、夢の内容と同じ行動をとる症状(レム睡眠行動異常)が出ることもあります。
また便秘や急に起きたときの血圧低下などの症状も多く見られます。抑うつ傾向も見られるため、初期にはうつ病と勘違いしがちな病気です。 発症してからの平均生存期間は10年未満と言われますが、発症から1~2年で急速に進行して死亡する場合もあり、個人差も大きいです。
治療
レビー小体型認知症は薬に対して敏感に反応する性質を持っています。そのため、進行を遅らせるために薬を投与する場合でも、少しずつ量を調整しなければ、パーキンソン症状を発症する恐れがあります。
コリンエステラーゼ阻害薬が有効とされていますが、現在レビー小体型の薬剤として保険が適用されているのは、3種類のうちドネペジルのみです。ドネペジルを投与することによって、幻視や妄想、抑うつ状態の改善が期待されます。 またレビー小体型認知症では認知機能の低下だけでなく幻視やパーキンソン症状も見られるため、非定型抗精神病薬や抗パーキンソン病薬を使用する場合もあります。 しかし、非定型抗精神病薬は運動障害など、抗パーキンソン病薬は幻覚などといった副作用を起こす可能性もあるので服用には十分な注意が必要です。特に非定型抗精神病薬の服用には米国食品衛生局(FDA)から「認知症患者に対して非定型抗精神病薬を用いると心臓障害や感染症などを経て死亡率が上昇する」という注意喚起もあり、極めて慎重な検討が求められています。
◎幻視や体のこわばりが見られたら要注意。レビー小体型認知症の症状とその特徴
脳血管性認知症について
原因
脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血、くも膜下出血といった脳卒中や心停止や極度の血圧低下による脳損傷、脳の血管炎などが原因で起こります。60歳以上の男性に多く見られます。 気づかないうちに進行が進んでいるアルツハイマー型と比べ、脳血管性認知症は、脳梗塞などの発作を機に発症しますが、実際は大きな発作よりも気づかない程度の小さな発作の積み重ねによって発症する場合も多く、診断には専門的な診察が必要です。 脳血管障害の多くは、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病が原因で起こります。特に高血圧は脳血管性を引き起こしやすい脳梗塞を誘発します。
症状
脳血管性認知症は、障害を受ける機能と健全な機能が混在していることから、「まだら認知症」とも呼ばれます。これは、脳のどの血管が詰まったかによって障害を受ける機能が異なるためです。そのため一見しっかりしているように見えるが新しいことを覚えられない、というケースがあります。 脳の損傷を受けている場所によって症状は千差万別ですが、脳の前頭葉白質が障害されているケースが多く、その場合には記憶障害よりも遂行機能障害や精神運動の遅延、意欲の低下が目立つことが多いです。また、感情面での変化も特徴的で、急に笑ったり泣いたりする「感情失禁」や、反対に抑うつ状態になったりします。その他歩行障害を中心としたパーキンソン症状が合併する場合もあります。
治療
脳血管性認知症は、脳血管性障害の再発防止が何よりの治療となります。血圧をコントロールする降圧薬や、脳梗塞を予防する抗血小板薬・抗凝固薬などを服用することで再発を防ぎます。
また脳卒中後の廃用症候群(寝たきりでいることによって起こる、心身機能の低下)にも留意しなければなりません。廃用症候群になると認知機能が低下する恐れがあるためです。廃用症候群を防止するためにはリハビリテーションや、生活習慣の改善に重点を置く必要があります。
前頭側頭型変性症(ピック病)
原因
前頭側頭型変性症(ぜんとうそくとうがたへんせいしょう)は、思考活動を支える前頭葉や言葉の意味などを把握する側頭葉が、変性・萎縮して起こります。その中で、脳の神経細胞に「ピック球」が見られるものをピック病と呼んでおり、前頭側頭型変性症患者の約80%がピック病に該当すると言われています。しかし、ピック球の発見が困難なことから前頭側頭型変性症を正しく診断できる医師は限られており、アルツハイマーやうつ病などの精神疾患と混同されるケースも多いようです。
症状
前頭側頭型変性症には症状別に分類すると自発性の低下や常同行動(常に同じ行動を繰り返す、毎日同じスケジュールに従って行動し融通が利かない)、怒りやすさや本能にしたがった反社会的行動をする「前頭側頭型認知症」、言葉の意味が分からなくなる「意味性認知症」、発語が減る「進行性非流暢性失語」の3種類のタイプがあります。中には進行性の筋力低下が見られるケースもあります。 アルツハイマー型認知症より頻度は少ないですが、40代〜50代の認知症の中では比較的多い認知症です。日本人ではその多くが孤発性です。
治療
薬物治療では明確に効く薬がなく治療が難しい認知症です。しかし、ご家族が病気の特徴や常同行動の様式を理解し行動することで本人もご家族と衝突しないように過ごすことができるなど、非薬物療法が力を発揮する認知症の一つです。そうした、薬を使わない対処方法を指導するのも、専門医の重要な役割でもあります。
嗜銀顆粒性認知症などその他の認知症について
続いて、4大認知症以外の認知症について解説します。ここで取り上げる認知症は、全体の患者数の中でもわずか数パーセントを占めるのみで、微細なレベルで脳細胞を診断しなければ発見が難しいものばかりです。症例が少なく、治療への研究があまり進んでいないこともあり、一般的なアルツハイマー型と混同されるケースも目立ちます。
進行性核上性麻痺
進行性核上性麻痺(しんこうせいかくじょうせいまひ)認知症とパーキンソン症状を合併する疾患の一つとして知られます。パーキンソン症状では体幹や頸部の固さと転びやすさが目立ちます。また、上下方向に眼を動かしづらくなる症状もよく知られます。初期には物事に対する視野が狭くなり怒りやすくなるなどの変化から始まり、抑うつや幻覚を呈し、進行期には昏迷状態がしばしば見られるようになります。経過とともに飲み込みの障害が出て、口から食事を摂れなくなることもあります。
大脳皮質基底核症候群
大脳皮質基底核(だいのうひしつきていかく)症候群、進行性核上性麻痺と同様に、認知症とパーキンソン症状を合併する疾患の一つとして知られますが、こちらは左右片方の手足を中心とする筋肉の固さや不随意運動(動かしたくないのに動いてしまう)を特徴とします。認知症の症状は先に述べた前頭側頭型認知症に近く、特に区別は困難です。
神経原線維変化型老年期認知症
神経原線維変化型(しんけいげんせんいへんかがた)老年期認知症は後期高齢者、特に90歳以上の方に比較的多い認知症で、記憶障害を中心とした症状がゆっくり進行します。記憶障害以外の認知機能は比較的保たれている例も多く、言葉の障害(失語)や特殊な行動の障害(失行)といった症状はあまり見られないのが特徴です。脳の神経細胞を顕微鏡で見なければ診断できないため、実際にはアルツハイマー型認知症と診断されているケースも多いと考えられます。
嗜銀顆粒性認知症
嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症は60~80歳代で発症し、記憶障害や怒りやすさ、妄想、不機嫌などの症状が出ます。アルツハイマー型認知症と比べると怒りやすさなど行動異常が目立ちます。全認知症患者の5~10%を占めるとも言われていますがが、脳の神経細胞を顕微鏡で見なければ診断できないため、実際には他の認知症と診断されているケースも多いと考えられます。
中核症状について
中核症状とは、いずれかが必ず認知症患者に見られる機能障害のことで、記憶障害や見当識障害、失語、失行、失認、実行機能障害などが見られます。日本では中核症状と呼ばれていますが、これらだけが認知症の重要な症状であり唯一の治療対象というわけでは決してないため、海外では認知症状という表現が使われることが多いです。
記憶障害
記憶障害はアルツハイマー型認知症の代表的な症状です。 記憶は先に触れたように時間的、機能的観点から即時記憶(新しいことの記銘)、近時記憶(新しく記銘したことを脳の中に短期間把持しておき想起してくる)、遠隔記憶(すでに過去から脳の中に把持されている古い記憶を想起こしてくる)に分類されますが、言語やイメージで表現できる陳述記憶(昨日お客さんが来たという記憶や、日本語のある特定の単語の意味など)と言葉にできない非陳述記憶(自転車のこぎ方など)という言い方をすることがあります。アルツハイマー型認知症では特に陳述記憶が障害を受けることが多く、中でも体験などを記憶する「エピソード記憶」が阻害されます。
「今日は何日?」といった質問を何度も繰り返します。認知症の場合、質問をしたという記憶が丸ごと抜け落ちているため、毎回初めてのつもりで質問をしてしまいます。 うんざりして「さっき言ったでしょ」と言っても、認知症の方にはさっき聞いたという自覚はないので、自分は悪気はないのに怒られてしまったと感じストレスを溜めてしまいます。
そのため何度質問をされても根気強く教えてあげましょう。 もちろん何度も質問をされることは介護をする側にもストレスになることですし、何より人に聞かなければ分からないということが認知症の患者さん自身にとっての自信の喪失にもつながります。たとえば、日付が分からないなら日めくりカレンダーを使って、毎日朝起きたら1枚めくるなど、衰えた記憶能力を補う手段を講じておくのが良いでしょう。
見当識障害
見当識障害は、時間、場所、人物など、時間空間的な認識に障害が出ることです。 アルツハイマー型認知症ではまず時間の見当識に障害が現れ、現在の年月日や季節がわからなくなります。次に場所の見当識に障害が現れ、自宅の場所や道順がわからなくなります。その後、家族や自分自身を識別できなくなる、人物の見当識障害が現れます。 ただし、高齢者ならば、多少の日付や年の誤りは正常でも見られるものです。認知症は明らかな「病気」であり、正常な加齢とは明確に区別されるものですが、正常の加齢でも多少の見当識の衰えはあるということも重要です。
場所に関する見当識障害のため、トイレへの道順がわからなくなり、ゴミ箱や洗面台に放尿してしまいます。また、記憶障害との併発によって、現在ではなく過去に住んでいた家の間取りを想定しているため、トイレの場所が分からなくなることもあります。
対策としては、部屋をトイレ近くに移したり、トイレへの道順を書いた大きな紙を貼って、本人が自力でも辿り着けるようにしましょう。トイレまでの廊下やドアに、トイレの写真を貼ってもよいでしょう。 また、どうしても自力でトイレに行くことが難しければ、食事の後など排泄のサイクルを把握して連れて行ってあげることになります。しかし、基本的には患者さんご自身が自分の力で達成できる環境を作って自信を持てるようにすることが、症状の悪化を防ぐという意味でもとても重要です。
失認・失行・失語
失認は、視覚や聴覚など感覚器官に異常がないにもかかわらず、ものを正しく認識できなくなる症状のことです。手に取ったものが何かわからない、聞こえてきた音が何を意味するかわからない、人の顔を識別できないという症例が見られます。
失行は、身体機能に麻痺などの障害はないにもかかわらず、衣服を着たり道具を使ったりといった簡単な日常動作もできなくなることです。脳が障害を受けた部位に応じて、失行の種類が異なります。衣服の着脱ができなくなる失行の他に、指先での細かな動作ができなくなったり口頭で受けた指示ができなくなったりする失行もあります。 失語は、意味のある言葉を話せなくなったり、他人の言葉をおうむ返しにしたり、言葉が出てこなくなったりする症状を指します。失行と同じく、障害を受けている脳の部位によって、現れる症状が変わります。
「あれ」「それ」など指示語が増え、その指示語の内容を聞いても、判然としません。会話が成り立たず、本人も家族ももどかしい気持ちを抱えてしまいます。これは言葉を表現する脳の部位が障害を受けることで起こる失語の症状です。 対応のポイントは、感情的にならず落ち着いて対応することです。もどかしい気持ちを感情的に本人にぶつけてしまうと、「この人は怖い」というイメージが植えつけられてしまい、その後のコミュニケーションが困難になってしまいます。「はい」「いいえ」で回答できるような質問を投げかけ、上手に言葉を引き出してあげるようにしましょう。
実行機能障害
ものごとの順序を追って処理するために必要な「実行機能」。その実行機能が、認知症によって阻害されると実行機能障害が起こります。アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、前頭側頭型変性症などで、比較的初期の段階から見られます。これまで簡単にできた、電話や買い物、食事の準備や家事などが困難になるのです。 また、この実行機能障害に付随して、判断力障害という症状もしばしば見られます。記憶障害に加えて情報をうまく処理できなくなるため、真冬でもTシャツ1枚で過ごしたり、反対に夏でも異常なほど重ね着をしたりするのです。
何かと言い訳をして入浴を嫌がるのは、認知症の方にはよくあることです。入浴するためには衣服を脱いで、身体を清め、タオルで体を拭き......と多くの手順を踏む必要があり、実行機能障害を負った方にとって入浴は困難です。以前は簡単にできた入浴ができなくなったことを恥ずかしく感じるために、認知症の方は入浴を嫌がるのです。
そこで、機嫌が良いときを狙って入浴の声がけをしたり、あるいは服を脱いでもらわずに濡れたタオルなどで体を清めたりするのも良いでしょう。できるだけ患者さんに手間や負担をかけず、体を清潔に保つ気持ち良さを感じてもらい、お風呂に誘導するのです。
周辺症状(BPSD)について
日本では「中核症状」に対して、認知症の行動異常や精神・心理症状を「周辺症状」と呼んできました。こちらも中核症状に劣らず患者さん、ご家族の負担となるものです。近年ではこれらをBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia: 認知症の行動・心理症状)と呼ぶことが多いです。
徘徊
アルツハイマー型認知症においては、患者さんの家庭内での役割の喪失や衰えていく機能への不安や家庭内での居場所がないと感じることで、「自分が現役で輝いていた時代の自分の家」を探して徘徊してしまうことがよく見られます。
子供たちと同居しているのに「そろそろ帰らせてもらいます」などと言って家から出ていくのはその典型例です。行方不明になったり事故に遭うこともあるため注意が必要です。 一方で、前頭側頭型変性症の患者さんでは、常同行動の一環として毎日同じルートを徘徊してまた自宅に戻ってくるという行動が見られます。その中で毎日同じ店で万引きをするなど、社会的には許されない行動が出ることがあり、注意を要する場合があります。しかし初期には、アルツハイマー型認知症の場合と異なり行方不明になることは少なく、一方で無理矢理止めようとすると強く反発してしまいます。
夕方にふらっと外出してそのまま帰って来ず、警察や近所の人に探してもらうこともしばしばあります。記憶障害で過去の記憶を現在の状況と勘違いしてしまうためです。女性ならば「実家に帰って家事をしなければ」、男性ならば「会社に出勤しなければ」という思いに駆られて外出してしまうのです。 結果として、帰り道がわからず街をあてどなくさまよってしまいます。特に夕方にこの兆候が出ることが多く、「夕暮れ症候群」と言われることもあります。
そういう場合、無理に止めても出て行こうとするので、「その前に少しゆっくりして行ってください」などと呼びかけましょう。その間に落ち着くはずです。それでも出て行こうとするときは、落ち着くまで一緒に付き添いましょう。自分が気づかない間に出て行かないか不安なときは、徘徊センサーなどを活用しても良いでしょう。
しかし、特にアルツハイマー型認知症に多く見られるような、「家に帰る」「会社で仕事をする」という徘徊は、本質的には家庭内での役割喪失を憂う感情から、かつて自分が輝いていた時代に戻りたいという情動の表れです。 患者さんが自分は必要とされているんだと自覚できるよう、たとえば孫やペットの世話をする、配膳の準備をする、洗濯物を畳むなど、「これだけはお父さんにやって欲しい」、「これはお義母さんの役目」と、患者さんが失敗しない程度の役割を担ってもらうのが、徘徊を予防する最も有効な手立てと言えるでしょう。
一方で前頭側頭型変性症に見られる常同行動の場合、止めようとするのは多くの場合、逆効果になります。徘徊先での万引きなど社会的に容認されない行動が見られる場合のみ、先方のお店にあらかじめ事情を話し、いつでも家族に連絡をもらえるようにしておくなど、患者さんの常同行動を地域で見守る体制が最も理想的です。
◎いつ事故につながるかわからない...。認知症高齢者の徘徊リスクと、家族の対処法
常同行動
「徘徊」の項でも触れましたが、前頭側頭型変性型に多く見られる症例が、落ち着きをなくし同じ行動を何度も繰り返したり同じルートを歩き回ったりする常同行動です。
前頭葉の障害によって衝動性を抑えることができず、ある行動をしなければならないという強迫観念にとらえられるためです。主に同じ行動を反復するという特徴が見られ、毎日決まった時間に同じ行動をする時刻表的生活(時刻表のように正確に毎日の習慣が決まっていることから)なども現れます。
いつまでも同じ行動を繰り返す常同行動の一つに、来客がいなかったとしても常に「お茶を出す」ことがあります。常同行動は本人も理由を考えてやっているわけではなく、同じ行動を続けることで心の安定を得ている部分があるため、止めても意味がありません。止めようとすることで患者さん自身にも混乱を招きます。
それよりも、出されるお茶を一緒に飲んだりと、余裕のある対応を心がけましょう。また常同行動のある患者さんではたとえば新聞を畳んで片づけるような単純な繰り返し作業を患者さんにお願いすることで患者さんも心が安定することもあります。常同行動を利用することで上手く介護できる場合もあるのです。
暴言・暴力
暴言や暴力は、前頭側頭型変性型をはじめとする多くの認知症で見られます。前頭葉の機能が低下して怒りやすくなっていることに加えて、今までできていたことができない苛立ち、不安、介護をする人間が介入することへのストレスなどが重なり、暴力に及びます。
前頭側頭型変性型は特に反社会的な行動に出やすく、些細なきっかけで暴力を振るってしまうことがあります。 レビー小体型認知症の場合は、前頭葉の機能とは関係なく、本来睡眠中に筋肉の動きを起こさないようにしている脳の機能が障害されることもあります。それによって、夢の中で自身のとっている行動を実際におこなってしまう、具体的には夜間に暴れたり騒いだりしてしまうというレム睡眠行動異常が見られます。
認知症の進行により興奮し物を壊したり暴力を振るう場合、家族に求められる何よりの対応は落ち着きをもって接することです。感情的に接すると、ますます本人を逆なでしてしまいます。落ち着いて、笑顔でなだめるように注意しましょう。もしどうしても興奮が収まらない場合は、一度距離を置いたり、家族以外の第三者になだめてもらうのも効果的です。 しかし暴力行為が目立つ場合には、抗精神病薬の使用や認知症を診療できる精神科入院病棟での治療なども考慮しましょう。ご家族の負担も大きいものですし、法を犯してしまった場合にご家族が民事上の責任を問われることにもなりかねませんので、早めの医師への相談が重要です。
◎介護職員の98%以上が被害者!?認知症高齢者の"暴力"とどう向き合うべきか
不潔行為
認知症が進むと、便を手でもてあそんだり、場所を気にせず排尿したりといった行為をするケースがあります。主に排泄の失敗から起こりやすく、見当識障害によってトイレまでたどり着けず排泄してしまった際に、介護者が叱ったことがきっかけになることもあります。
膀胱が過剰に活動して頻尿になる場合や、パーキンソン症状など歩行機能の低下によりトイレまで間に合わない場合でも排泄の失敗が起きやすくなります。いずれにしても排泄の失敗は、ご家族にとって辛い以上に患者さんの自尊心も大きく傷つけます。失敗しなくて済むように患者さんの部屋を分かりやすいトイレ近くに移す、夜間はベッドの脇にポータブルのトイレを用意するなど、患者さんがどうしたら失敗せずにすむかを考えてあげるのが大切です。
排便を手でぬぐって、壁や床になすりつけたりするときは、そうする理由をまず明らかにして対応しましょう。パーキンソン症状により体がこわばり下着を脱ぐまで間に合わない場合は、ボタンやファスナーが付いているズボンではなく、ゴムのものを使うと良いでしょう。見当識障害によってトイレにたどり着けない場合は道順を示す張り紙をしましょう。 またどうしても汚してしまう場合は床や壁を、汚れても掃除しやすい素材にすることも検討してください。
食行動異常
認知症の食行動異常として、拒食や過食、異食などが見られます。食事をしない拒食は、原因として、食事をどうやって摂ったらいいかわからない実行機能障害や嚥下機能が衰えたことが考えられます。その反対に、食べ過ぎてしまう過食や食事の好みの変化は前頭側頭型変性症に多く見られます。また、認知症が進行すると、食べ物でないものを口に運ぶ異食も出ます。
認知症によって満腹中枢が阻害されているために、食事をしたことを忘れ、いつまでも食べ物を求めます。無理に止めては認知症の方にストレスを与えてしまうことになるので、「今準備しています」などと言って、しっかりした食事ではなくお菓子などを与えましょう。
近時記憶障害がある場合には、むげに断らずに「あと30分したらね」と対応して、他の話題に切り替えていくのも手です。患者さんには大変失礼ではありますが、30分後には先程聞いたことを忘れて、気にならなくなるかもしれません。 また過食を想定したうえで、普段の食事は低いカロリーのものにしたり、ゼリーなどを敢えて手の届く場所に置いてもよいでしょう。
性行動異常
特に男性の場合、抑制が効かなくなることによって、下半身を露出させたり、女性職員に対して不適切な言動をとる性行動異常が見られます。下半身を露出させた場合には、他の方の眼のない場所に移動させたり、他の作業で注意を逸らすのも一つの手です。
男性だけに限った話ではありませんが、異性の介護者に対して性的な言動をとるケースがあります。感情の抑制が取れなくなったり、善悪の判断が鈍っているために起こることで、本人に悪いことをしているという自覚はありません。そのため、露骨に嫌な態度を示すと傷ついたり激昂したりします。
そこで、ボディタッチなどをしてきたときはテレビをつけるなどをして注意をそらしましょう。ただ、度重なる性的言動は介護者を深く傷つけ、介護放棄にもつながることのため、どうしても耐えきれないときはケアマネジャーに相談するなどの対応も考えましょう。
うつ・アパシー
うつ・アパシーは認知症全般に見られる症状です。気分が沈み、無気力になり、社会との関係を絶って家に引きこもりがちになります。これは記憶力や各機能の低下で喪失感を抱いたり、認知症であることに悲観したりするためです。うつとアパシーは重なる部分も多いですが、うつはアパシーと比べて悲壮感を伴います。脳血管性認知症やレビー小体型認知症で多くうつの症状が見られます。
すべてのことに対して無気力になり、寝たきりでひたすらテレビの画面を見つめ続けるのも、抑うつ傾向の強い認知症の方にはよくあります。ただ、大人しいからといって、放置しておくといけません。寝たきりで心身が衰弱する廃用症候群になる可能性もあります。もともと本人が好きだったことを思い出させて、復帰を促しましょう。 また、できることが減ることによる気力低下が引きこもりの原因になるケースもあります。そうした場合、家庭の中で役割を持ってもらうことも復帰のきっかけになります。
不安・焦燥
不安や焦燥は認知機能の低下に加えて周りからの叱責や環境の変化から影響を受け、増大していきます。不安や焦燥は徘徊や妄想、暴力など、他の周辺症状につながり易いです。
周囲からの刺激を受けやすく、また、感情も遷移しやすいため、突然騒ぎ出すことがあります。しかし、本人は何かしらの目的を持って騒いでいる場合がほとんどです。何に不安や怒りを感じて騒いでいるのか、話を聞きましょう。体調不良を訴えるために騒いでいる場合もあります。
幻覚
幻覚はレビー小体型認知症の約8割に見られる代表的な症状で、人物や虫、動物が家の中に現れたように錯覚します。脳血管性認知症でも障害を負った部位によっては幻視が発症するケースもあります。
幻視が起こると家族は不安になりますが、本人にとって見えるものはまぎれもない現実です。「そんなものいないよ」と否定しても意味がありません。幻視が起こるメカニズムとして、眼に入る視覚情報を処理して意味づける際にエラーが起こり、実際とは違うものに見える「錯視」をあげることができます。たとえば壁に見える影が小動物に見える、白いタオルの塊が猫に見える、といった具合です。
眼に入る刺激をできるだけ単純化することで幻視が消失することもありますので、荷物を片付け部屋を単純化して、影のつきにくい光源に変更するといった手法も有効です。 またドネペジルが効果を発揮することもあります。専門医に相談してみましょう。その他、幻視や幻聴は視力低下や難聴など加齢による視覚・聴覚の衰えが原因の場合もあるので、関連医療機関の受診もお勧めします。
妄想
妄想は、認知症全般に見られる症状です。家族が妄想の対象になることが多く、記憶障害により置き忘れたものを人に盗られたと思い込む「物盗られ妄想」や「老人ホームに捨てられた」と思い込む「見捨てられ妄想」などがあります。
記憶障害から来る「物盗られ妄想」のひとつで、ものを盗んだと疑われる家族にとっては相当なストレスかとは思いますが、病気によるものだと割り切って接するようにしましょう。「置き忘れたんでしょう」とすぐに否定するのではなく、「一緒に探しましょう」と声をかけるべきです。家族ではない第三者に話を聞いてもらうのも効果的です。
◎親に泥棒扱いされる「もの盗られ妄想」......対処するにはどうしたらいい?
まとめ
現時点では神経変性の進行を止める有効な治療法がなく、症状の進行を鈍化させるしか方法のないのが認知症です。。家族が、あるいは自分自身が発症してしまったらもちろん悲観的になるでしょう。しかし薬で治すだけが認知症の治療ではありません。 ご家族が認知症の症状を勉強し、患者さんとどう接したら良いのかを習得することによっても患者さんとのより良い関係が生まれ、それが結局患者さんにとっての居心地の良さにつながり、症状の進行を遅らせることにもなります。 絶望するのではなく、「正しい知識を身につけて残された時間を豊かに過ごす」それが、誰にとっても一番の選択肢ではないでしょうか。
監修医 伊達悠岳 医師。専門は神経内科。済生会横浜市東部病院勤務。
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