介護のお役立ちコラム
超高齢社会である日本の重大な社会問題として広く認知されている「認知症」に対し、認知症の一歩手前とされる「軽度認知障害(MCI)」についてはあまり知られていません。今回は、軽度認知障害に潜むリスク、症状、進行を防ぐためにできることを解説します。
【監修者】
矢島 隆二 医師
脳神経内科・認知症・総合内科などを専門としている。新潟大学医学部卒業後、地域中核病院や大学病院などでの高度急性期医療から地域の総合病院まで幅広く臨床経験を積み重ね、新潟大学附属脳研究所で認知症の研究も行い、医学博士も取得している。
現在は認知症や神経難病を中心に、リハビリテーションにも重点をおいた神経内科を主体とした医療を担っている。
神経難病やアルツハイマー病などの治験も行っているほか、講演や執筆の依頼も積極的に受けている。日本リハビリテーション医学会 認定臨床医の資格取得。
軽度認知障害に潜むリスクとは
人の体は加齢とともにあらゆる機能が衰えます。とくに認知機能が低下すると、やがて物忘れが始まり、認知症になる一歩手前の「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」という状態になっていきます。
軽度認知障害の概念そのものは、1999年にPetersenが診断基準を提唱したことに始まります。その後、概念の明確化や拡大がなされ、現在は米国国立老化研究所/アルツハイマー病協会ワークグループが示した診断基準が用いられています。その概要を非常にシンプルにまとめると以下のようになります。
- ・本来の認知機能レベルの低下について、本人、家族、医師などから申告がある
- ・一つ以上の認知領域(記憶、実行機能、注意、言語、視空間認知)での障害がある
- ・ADL(日常生活動作)面で自立している
- ・「認知症」ではない
厚生労働省によると、軽度認知障害に該当する高齢者は2012年時点で400万人いると推測され、高齢者の約4人に1人は認知症または軽度認知障害だと言われています。
軽度認知障害になると、たとえば以下のような症状が見られることがあります。
- ・人の名前が一時的に出てこない
- ・家族の名前を言い間違える(息子と孫を混同)
症状が進行すると、やかんや鍋を火にかけたまま忘れてしまったり、自宅の場所を思い出せずに外出したまま家に帰れなくなったりすることもあります。 また、軽度認知障害は進行することも多く、軽度認知障害が「認知症予備軍」とも言われるのはこのためです。
軽度認知障害の人に見られる症状
軽度認知障害(MCI)は、その背景疾患を問わない概念なので、アルツハイマー型認知症に至ってしまう方もいれば、血管性認知症、レビー小体型認知症に至る方も多くいます。このような推移を「convert」と言います。従って、たとえばアルツハイマー型認知症に至る背景をもっている人であれば、ごく早期のアルツハイマー型認知症を示すような下記の症状がみられます。
- ・人や物の名前を思い出せない
- ・物をしまった場所が思い出せない
- ・同じ発言を何度も繰り返す
その一方で、全員が進行するわけではなく、逆に認知機能が健常に戻ることもあり、このような推移を「revert」と言います。
MCIの段階ではADL面では「自立」に近い状態とされているものの、日常生活で行う基本的ADLより、難易度の高い手段的ADLが難しくなると考えられています。
- ・基本的ADL...移動、食事、着替え、コミュニケーションなど
- ・手段的ADL...複数の家事を順序立てて効率良くこなす、料理、買い物、金銭管理、趣味など
ただし、個人差があるため、軽度認知障害でも問題なく一人暮らしが可能な人や家族のサポートを受けることで普通の生活が送れる人もいます。
また、軽度認知障害の背景疾患を推定する方法の一つとして、障害されている症候のタイプに注目する分類もあります。記憶障害がみられる「健忘型」か、記憶障害がみられない「非健忘型」かに分ける方法で、上述の「同じ発言を何度も繰り返す」などのエピソードは、「健忘型」を示唆するものです。
「健忘型」はアルツハイマー型認知症や血管性認知症、うつ病を背景とした早期の病態と考えられており、一方で「非健忘型」は前頭側頭型認知症やレビー小体型認知症、血管性認知症などの早期の病態を推定させます。
このように、記憶障害の有無や認知障害の種類(記憶、決定、実行 など)と数によって、将来的に罹患しやすい認知症の種類を推定する一助になります。ただし、あくまで症候からの推定に過ぎないため、正確な診断のためには医療機関での精密検査が必要です。
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軽度認知障害の早期発見。まずはかかりつけ医に相談
軽度認知障害(MCI)が疑われる場合には、病院で診察と検査を受けます。かかりつけ医がいる場合は、まずは気軽に相談してみると良いでしょう。さらに詳細な検査が必要と判断された場合、脳神経内科、脳神経外科、精神科や、これらの診療科を専門とする医師のなかでもとくに認知症を専門に診る医師が担当する「もの忘れ外来」などを紹介してもらえます。
そしてCTやMRI、SPECTでの画像検査、血液検査、神経心理検査などによる精密検査などが行われます。このような検査を踏まえた専門医の診察により、軽度認知障害の診断やその背景病態を推定することができるようになってきています。
ただし、それでも軽度認知障害の背景となる病態まで断定するのは困難な場合が多く、数か月から数年の臨床経過を診るなかで推定していく場合もあります。
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軽度認知障害の予防について
軽度認知障害(MCI)と診断された人や、はっきり診断はされなかったとしても心配のある人は、生活習慣を見直すことで認知症予防につながります。具体的には、以下のような取り組みが重要です。
有酸素運動を取り入れる
ジョギングやウォーキングなどの有酸素運動が効果的です。酸素を必要とするため、脳内に血液が運ばれて血流量が増えることで、脳の働きが活発になります。2019年5月に公表された、世界保健機関(WHO)による認知症予防ガイドラインでは、「150分/週以上の有酸素運動や、75分/週以上の活発な運動」が良いとされています。
栄養素を考慮した食事内容にする
栄養素の高い食事を、1日3食、規則正しく摂取しましょう。 上述のWHOのガイドラインでは、雑穀や玄米、マメ・ナッツ類とともに、野菜と果物を400g/日以上摂取することが推奨されています。ただし2,000kcal/日以上を摂取している人では、糖類を5%未満に、脂肪を30%未満に抑えるのが望ましいです。脂肪の多い牛や豚などの動物性食品を抑えて、食塩は5g/日未満に抑えましょう。
「魚類・野菜・豆類・果物・穀物・不飽和脂肪酸(オリーブオイルなど)」を中心とした地中海式ダイエットが、認知機能の低下を抑制する可能性があると注目されています。しかし多くの日本人にとって、オリーブオイルを連日摂取するというのは現実的ではないと思います。
日本人を対象とした研究では「大豆・大豆製品、野菜、藻類、牛乳・乳製品、果物、芋類、魚」を摂取するのが効果的と報告されています。
認知機能トレーニング
以下のように日常生活で行える基本的な動作でも、認知症を予防するトレーニングになります。
- ・カラオケや合唱で声を出すこと
- ・手先を使う料理や手芸
- ・1日の終わりに日記を付ける
- ・脳トレや携帯タブレットでできるコンテンツに取り組む
脳トレのようにゲーム感覚で楽しく取り組むことが、長く続けるための秘訣です。いずれにせよ大切なのは、快いと感じる刺激であることです。嫌々やっていたとしてもストレスになってしまいますし、そもそも続けていくのが困難です。個人個人の好みに応じて、楽しく続けられることを見つけていきましょう。
気になる方は早めにかかりつけ医に相談を
多くの認知症は、現時点の医学では根本的な治療が困難と言わざるを得ません。だからこそ、その前段階である軽度認知障害(MCI)を早期に発見することで、進行をできるだけ遅らせて、一時的にでも症候を改善させる取り組みが大切になってきます。
認知機能の低下を感じたら、まずは早めにかかりつけ医などに相談してみてはいかがでしょうか。
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